Arts&Culture 進化する展覧会

築いたアートの地位 海外にも展開

各地の美術館・博物館や百貨店で、年間を通して数えきれない展覧会が開かれています。これらの多くが新聞社やテレビ局の主催で、朝日新聞社も、古くは「ミロのヴィーナス展」(1964年、初めてフランス国外で公開)、293万人が訪れた「ツタンカーメン展」(1965年)など、大きな展覧会を催してきました。

西洋美術や文化財など世界の至宝を紹介するものに加え、近年、朝日新聞社が力を入れているのが、アニメや漫画、絵本、音楽など、比較的新しい領域の展覧会です。「連載完結記念 岸本斉史 NARUTO-ナルト-展」「庵野秀明展」などを担当してきたメディア事業本部文化事業2部の熊沢伸悟さんに、仕事への思いを聞きました。

そんなものを見ていないで…

本社が展覧会もしているアニメ作品である「エヴァンゲリオン」のTVシリーズが放送された1995年、僕は小学生でした。水曜日の夕方、子ども向けアニメの放送枠にもかかわらず、大人向けドラマのようなシーンの連続で、すごく楽しみにしていました。

当時アニメはまだ、親から「そんなもの見ていないで勉強しなさい」と言われ、邪魔もの扱いされる存在。でも、僕はマンガやアニメからいろんなものを受け取ったし、芸術性だって高いものだと思っていました。

学生時代、卒業後の進路を考えながら本社主催のアーツ&クラフツ展や現代美術展をめぐる中で、展覧会をつくる仕事に興味を持つようになりました。OG訪問などを通じて「展覧会の価値とは」「伝えるべき問題意識とはなにか」と考えはじめたとき、浮かんだのが小さいころから親しんだマンガやアニメなどのポップカルチャー(当時は“サブカル”と呼ばれていました)でした。

採用試験の面接で「なんの展覧会をやりたいの?」と聞かれて、こう答えました。「マンガならワンピース、アニメならエヴァンゲリオンです」

8年で20都市以上、米国や台湾にも巡回

2012年に「ワンピース展」、2013年には「エヴァンゲリオン展」が開幕します。当時は別の部署におり、立ち上げには携わることができませんでした。

ただ、それぞれの反響は大きく、エヴァ展はその後、現在も巡回が続いています。エヴァ展は途中から担当になり、展示の形を変えながら国内外20都市以上を巡りました。2023年秋現在は台湾で開催しています。

原画には修正の跡が残り、線の一本一本や、添えられたメモ書きなどから、作者の息遣いが伝わります。二つの展覧会は、制作資料の中に作家や作品のクリエイティビティーの源泉となるものを見出し、大きく紹介したさきがけとなりました。今やマンガやアニメの芸術性や文化的魅力を疑う人はいないでしょう。

熊沢 伸悟(くまざわ・しんご) 2010年に入社。スポーツ事業部を経て、2013年から文化事業部。イベントプロデューサーとして、展覧会の企画、権利元との交渉、会場の調整、グッズ制作、広報、運営などを広く手がける。組織替えで2023年からメディア事業本部文化事業2部。

作品に寄り添い、つくり上げる

「エンターテインメント」として生まれるマンガやアニメは、作品の評価と経済的な成功が不可分でもあります。わざわざ、作品の意図をくみ原画を集めて飾る展覧会という形式をとらずとも、経済的に成功するイベントは考えられるでしょう。しかし、“展覧会”を生業とする自分の仕事の姿勢として、そこは戦うフィールドではないと考えてきました。

クリエイターがどんなことを考えて作品をつくり、それのどこにファンが魅了されて、世界にどういうインパクトを与えたのか。とことん考え、関係者や作家と話しながら作品に向き合います。たとえば「庵野秀明展」(2021年に東京・国立新美術館で始まり、各地を巡回中)は、そんなふうにして組み立てました。

「モノ」「コト」でひもとく

他方、最初の放送から25年以上にわたって愛され続けているエヴァンゲリオンは、作品世界を飛び出し、レーシングチームができたり、カラオケの定番ソングになったりと、作品を通した文化圏を広げています。

フィギュアやアパレル、伝統工芸品から、ゲーム・モータースポーツ、イベントやコラボレーション企画。アニメ作品の枠を超えた広がりを「モノ」と「コト」の切り口でひもといたのが「エヴァンゲリオン大博覧会」(2022年の東京・渋谷ヒカリエを皮切りに各地を巡回中)です。

作品に寄り添うことを強みにしながら、そこから生まれた文化的・社会的な広がり、ファンのたのしみ、そうしたものの大きな円環をとらえ、紹介して、それをまたお客さんに楽しんでもらえるものに落とし込んで作品が深まるきっかけをつくる。これが、展覧会事業にかかわって10年になる僕の現在地です。

IPの保護・活用も

新聞社であることのメリット、ブランド力や編集力を生かし、本社は展覧会を丁寧につくりあげてきました。そのノウハウをフル活用して取り組むエンタメ分野の展覧会は、韓国、台湾など海外からも引き合いがあります。さらに、これからは各種制作資料の保全、知的財産(IP)の保護・活用も本格的に取り組んでいかねばなりません。

コンテンツの生産・消費スピードが劇的に加速している現代では、一つひとつの作品に向き合うのはとても大変なことですが、作品とユーザー、社会の良好な関係をはぐくむという本質を大切に、まだまだいろいろなことにチャレンジしたいと思っています。

コンテンツの価値最大化をめざして

展覧会のお知らせには、従来のポスターやチラシ、コマーシャルに加えて、SNSも大きな効果を発揮します。リアルタイムの会場の混み具合を届けることもできます。一方、各展覧会のアカウントは、会期を終えると発信がなくなり、せっかく大勢のファンが集ってもそれ以上のつながりにはならないという「もったいなさ」もありました。

これらの課題に取り組んでいるのが、コンテンツの価値を最大化して顧客へ届けることを目標に掲げる「バリューアップ(VUP)チーム」です。部の垣根をこえた横軸のチームで、普段はそれぞれ展覧会の企画運営をしている若手社員がメンバーとなり、展覧会ファン、さらには朝日新聞社の文化事業ファンに向けた発信・コミュニティーづくりを模索しています。

月2回のVUPチーム会で、これから開かれる展覧会に向けたSNSの発信を考えたり、展覧会の枠組みとは違うかたちで美術関連のグッズをつくるアイデアを話し合ったりしています。

文化事業1部の礒井俊輔さんは、「マティス展」や「テルマエ展~お風呂でつながる古代ローマと日本」などを手がけてきました。VUPチームでは20万人以上の「友だち」を持つLINEを担当しています。礒井さんは「お友だち限定の情報や特典を発信することで、展覧会をもっと楽しめる仕掛けづくりをしていきたい」と話しています。

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