Message 先輩メッセージ

現在の仕事
ニュースの顔をつくる仕事

 各出稿部から届く原稿に見出しを付けて紙面にレイアウトしていくのが仕事です。ニュース価値を判断し、どの面のどの位置で、どれくらいの大きさの見出しで見せるべきかを考えるのも重要な仕事です。受け取った原稿を生かすも殺すも編集者次第。締め切りまでの限られた時間で、いかに的確で魅力的な見出し・レイアウトで紙面を表現するかが勝負です。だからこそ、政治、経済、社会、国際、科学、スポーツ、文化…、世の中のあらゆるニュースや人々の関心にアンテナを張るよう心がけています。紙面の他、「朝日新聞デジタル」に関わる仕事も多くなってきたので、紙面・デジタル両方で記事をどう世に送り出していくかを日々考えています。

記者・編集者としての原点
自分にしか聞けない話を引き出し、積み上げる

 入社2年目の長野時代、県警が非行での補導歴がある少年から有志を募って、東日本大震災の被災地にボランティアに行くという企画に同行取材しました。ただ、7人の少年たちは気恥ずかしさからか、なかなか私たち記者を相手にしてくれません。でも、参加している以上、何か前向きな気持ちがあるはずと信じて、合間に一人ずつ声を掛け、粘り強く話を聞きました。宿舎の大浴場では「裸の付き合い」の突撃取材も敢行。すると、少しずつ話をしてくれるようになりました。後日、何人かにその後の心境を取材に行くと、「被災者のひたむきな姿を見て『俺、何やってんだろう』と思った。もう一度夢に挑戦してみます」と話してくれました。最初とは見違えるようにいろんな話をしてくれた彼。自分にしか聞けない話を引き出し、積み上げていくという経験は、私にとって今も記者・編集者としての原点の一つです。

これから
「言葉のプロ」としてスキルを磨く

 編集者の仕事は、なによりもまず見出しです。記事の要点を伝えたり、読者を記事へ引き込んだりできる見出しに、限られた文字数で何を盛り込むか、言葉のセンスが重要です。見出しは世の中に言葉を作り出すこともあります。例えば、「東日本大震災」という言葉。朝日新聞があの震災翌日の朝刊1面の主見出しに取った後、人々の間でも使われるようになりました。そんな言葉の力を大事にして、「言葉のプロ」として今後もスキルを磨いていきたいです。

MY CAREER HISTORY私のキャリアヒストリー

2010 / 04

入社 さいたま総局 警察、司法、スポーツ担当 [1年目]

 初めての警察回りはうまくいかないことの連続で、とにかく熱意で勝負。ある容疑者の家宅捜索先の一つを事前に足で探しだし、先輩に「入社2カ月目なのに本当にすごいよ」とほめられたのは良い思い出です。

さいたま総局から長野総局に異動する時に開いてもらった送別会で、お互いに励まし合った同期と一緒に記念撮影
2011 / 05

長野総局 警察、司法、スポーツ担当 [2年目]

 死刑判決の言い渡しを何回も取材。死刑の是非とは別として、「国家権力が人に死を宣告する」という重みを感じました。雪国での生活でスノーボードを覚え、毎週のようにスキー場に通いました。

2012年 スノーボードをしに行ったスキー場で見かけた新しい乗り物「スノースクート」。自転車とスノボを合わせたような乗り物で、自分も体験させてもらい、記事に
2013 / 04

熊本総局 警察、司法、スポーツ担当 [4年目]

 つかみかけた特ダネを地元紙にギリギリ抜かれてがっかりしたことも。一方、入社5年目で妻と結婚。新婚旅行の他、熊本県内のいろんな名所を巡りました。

休日に熊本県天草市で、野生のイルカを見に行くイルカウォッチングツアーに参加。初めて間近で野生のイルカを見ることができて大満足
2015 / 05

東京本社 編集センター・統合編集センター [6年目]

 東京、西部、名古屋の各本社発行紙面の編集を担当。見出しもレイアウトも全然決まらないまま印刷時間に、なんて夢に何度もうなされましたが、なんとか成長してこられました。まさか、朝日新聞の1面を自分が作るなんて、学生時代には思ってもいませんでした。長男も産まれ、仕事に育児に奮闘しています。

2019 / 08

長崎原爆の日、西部本社版の社会面

 私の作った紙面の一例です。74年目を迎えた長崎原爆の日、西部本社版の社会面を担当しました。長崎市長による「平和宣言」のなかで引用された被爆者の詩についての記事を掲載したのですが、目指したのはその胸を打つ詩を大事に扱うこと。詩の全文を一番上に配置し、見出しも詩に込められた思いをできるだけ表現できるように心がけました。デジタル空間上でのニュース閲覧機会が増えるなか、紙面ならではの一つの可能性を示すことができたと思っています。

入社動機

 幼少のころから、漠然と「世の中のためになる仕事がしたい」と思っていて、悩んだ末に行き着いたのが新聞記者という仕事でした。中でも朝日新聞の調査報道に強く、リベラルな姿勢が好きで志望しました。複数紙取っていた実家でもずっと好きだったのは朝日新聞だった、というのも大きかったです。

オフの過ごし方

 休日は、家族と過ごすことが多いです。公園に行ったり、買い物やイベントに行ったり、家でプラレールをして遊んだり。子どもの笑顔で疲れも吹っ飛びます。旅行も好きで、2019年夏は、私の両親や姉家族らと海外旅行に行きました。学生時代の友達ともよく飲みに行き、近況報告や思い出話で盛り上がるのが楽しいです。

休日は子どもとお出かけ。駅ビルの上にある遊び場から電車を見るのが恒例

みなさんへのメッセージ

 就活生だった頃、朝日新聞の最終面接で緊張して堅くなっていた僕を見て、ある役員が冗談を言ってきたので吹きだしてしまったことをよく覚えています。その時は少しうろたえたものの、そのおかげで本当の僕を全面に出せました。面接という大事な場で、僕の殻をはいで、本当の僕を見ようとしてくれたその役員に今では感謝しています。だから、就活生のみなさんには、面接もエントリーシートも、肩ひじ張らずに自然体で臨んでほしいと思います。記者はいろんな人に会っているので、きっと等身大のあなたをちゃんと見てくれるはずです。矛盾するようですが、肩の力を抜いて頑張ってください。

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