Message 先輩メッセージ

現在の仕事
未来の教育をイメージしながら、「学び」のビジネスを企画立案

 教育事業本部という部署で、「気づき」「学び」「思考」「実践」を軸に理想の未来教育とはどのような姿か、事業を通じて企画立案しています。今後の教育は、ワクワク感や心を豊かにするエンターテインメントの領域と従来どおりの本質の追求を併せ持つものになる、つまり、人の心を大切にしたアクティブラーニングが主流になるかもしれません。現在の教育をより発展させるためにITの力を使いながら、学生とふれあい、共に気づき、考え、感じ合うことを目指しています。新規事業を多くやってきましたが、もともとは研究者。自身の仮説を試すことにワクワクしながら、普遍性を探究してサービスのシーズを発見していく。結果、多くの人々が笑顔になれたら最高!です。そんな、人類の可能性を広げる活動をしています。

印象に残っていること
朝日新聞デジタルの立ち上げに参加

 ありすぎて書ききれませんが、振り返れば心温まる何事にも代えがたい経験と、かけがえのない出会いの連続でした。中でも朝日新聞デジタルを企画立案、立ち上げ時には、130年を超える歴史ある活字メディアを第2の創刊と位置付けて社員一丸となって、パラダイムシフトさせたことが大きな想い出です。電子新聞の実現は、朝日だけではできません。米Appleが、ちょうどiPadを出すということで、未来の新聞を創ろうと同社のスタッフとも一緒に企画して構想を練りました。まだ、スティーブジョブズ氏も生きておられて、お互いのポリシーをぶつけあいながらも、最終的には世界がよりよくなる未来への選択がなされました。難しい選択にもかかわらず、同社の民主的な志とダイナミズムに、今も感動がよみがえります。

これから
新たな価値創造を

 40代後半となり、ふと立ち止まって、私の力が本当に人の役にたち、社会をよりよくしているのか。評価軸の再定義に取り組んでいます。朝日新聞社の看板で多くの方々がつながってくださった。とても嬉しいことですが、一方で自身の価値の追求に甘えがあったと思っています。もう一度見つめ直す。やれること、やってみたいことを整理して足りないところは新たに学びを得ています。みんなでワクワクできる、笑顔になれることは何か、価値の追求を続けたいですね(笑)。

MY CAREER HISTORY私のキャリアヒストリー

1995 / 04

システム局 業務情報部 販売、総務、経理担当 [1年目]

 会社の経営情報をデータベース化する部門でした。当時、同部門の部長は、未来を見据えた戦略思考の持ち主でした。理系の私に簿記の資格を取らせたり、データの解析理論について研究させたり、と現在の「データサイエンティスト」の形を提唱していました。そんなテクノロジーと経営を融合させる考え方に衝撃をうけました。

1997 / 10

製作本部 通信技術部 機動報道担当 [3年目]

 厳しい取材現場で、通信技術を駆使して写真や記事を電送する部門でした。火山の噴火から、長野五輪など様々な状況で、新しく開発した電送手法を実践投入し、先駆けることに邁進していました。当時、アナログ通信が主流でしたが、デジタル領域であるネット技術を研究、WEBの知見を吸収しながら動画技術についても実験を繰り返していました。

2002/ 04

電子電波メディア局 ニュース編集・企画担当 [7年目]

 技術採用の私が、はじめてasahi.comというWEB媒体を通じてニュースの編集に携わりました。日々のニュース速報から企画立案、サイト立ち上げまでチームを組んでゼロイチ立ち上げの連続でした。中でもアテネ五輪の企画では、実際にギリシャで動画取材を担当。あらゆるテクノロジーを駆使して、ユーザーとインタラクティブに五輪コンテンツが楽しめるサイトプロデュースをチーム一丸となって心がけました。結果、業界2位のアクセス数を稼ぎました。

2006 / 02

山形総局 警察担当 [11年目]

 はじめは、ネタがとれず、従来の仕事の中で一番苦労しました。スクープをとる喜び、社会データを細く分析して書いた独自記事、Jリーグの取材を通して、市民の営み、尊厳や社会課題に向き合うメディアの価値を真に理解した時でした。今でもお世話になった山形の方々とご一緒させていただき、人生の財産になっています。

2007 / 05

デジタルメディア本部 デジタル取材担当 [12年目]

 本社で、新聞紙面とネットの両方で記事を書き分ける記者として活動しました。多くの方に読まれて役立つ記事を生み出すために、データを活用しながら取材テーマを設定することも。世界発信すべき内容は、掲載するプラットフォームを選び、記事のみならず、動画で表現しました。世界が本格的につながるネット時代を意識したコンテンツ制作を追求しました。

2009 / 04

コンテンツ事業センター 携帯メディア企画担当 [14年目]

 当時、無料で配信されていた朝日新聞のニュースを有料で配信するビジネスモデルを提案。新人で配属された業務情報部時代の経営視点から着想しました。KDDI、テレビ朝日と協業し、携帯有料配信サービス「ニュースEX」を立ち上げました。

2010 / 04

コンテンツ事業センター アライアンス担当 [15年目]

 Amazonの電子端末「kindle」が出始めます。モバイル端末の時代が加速することを見越して、SONY、KDDI、凸版印刷、朝日新聞社で電子書籍コンテンツ制作会社「ブックリスタ」を立ち上げました。

2011 / 05

コンテンツ事業センター 電子新聞担当 [16年目]

 電子新聞・朝日新聞デジタルの企画立案、開発、交渉、プロモーションを担いました。みんなで、アイデアを出し合い、社内のリソースを最大限活用しながら短期で作り上げました。部局関係なく横断して取り組む価値を感じました。

2011年にリリースした朝日新聞デジタルとiPad
世界のイノベーターが集まる500startupsのオフィスを視察。朝日新聞社メディアラボ設立のヒントとなった=2011年米シリコンバレーのマウンテンビューで
2013 / 04

社長室 企画担当 [18年目]

 社内、社外の勇者が、多くのアイデアを持ち寄って、事業化しながら、未来社会をより良くすることを目指す実験組織「メディアラボ」を構想、2013年6月に立ち上げました。

部門や職種の枠を超え、公募によって選出されたメンバー
米Appleが1年に1回開く世界開発者会議の会場。朝日新聞デジタルを企画開発したチームメンバーと訪れ、同社とディスカッション=2013年米サンフランシスコ
2015

メディアラボ

 最新のIT技術やビジネスモデルなどの情報収集、調査・分析も大切な役割。メディアラボで、メンバーの米国シリコンバレー駐在や海外の有力大学への留学、IT企業への出向派遣なども行いました。

映画「アイアンマン」のUIデザイナーのJayse Hansenさん(左)とディスカッション=WearableTechExpo2015で
NTTデータで開かれたハッカソンで審査員としてお手伝い。ビッグデータを活用した新サービスが次々と発表された。
2017

教育総合本部 教育事業部 [22年目]

 教育事業本部へ。「おしごとはくぶつかん」や「あさがくナビ」など、さまざまな世代に向けた「学び」を応援するコンテンツづくりに携わっています。

北陸先端科学技術大学院大学でのシンポジウムでは、元米グーグル副社長の村上憲郎さん(中央)と脳科学者の茂木健一郎さん(右)らパネリストの皆様と、未来のグローバルテクノロジー社会についてディスカッション。

入社動機

 大学の研究室の頃からインターネットが爆発的に普及すると予測しました。ということは、情報産業は劇的に変化する。時代の到来によって、従来とは違った革新的なサービスが生み出せるチャンスがあると考えていました。博士号を取るのをやめて、日々、社会の情報を収集する新聞社に入れば、社会実験しながら仮説検証できる環境があることに魅力を感じました。

オフの過ごし方

 趣味は未来を予測すること。休日でも、社会や企業の未来がどうなっていくのか、どんなことに取り組めば、人は笑顔でいられるのかを総合的に考えることが趣味です。アイデアソンやハカッソンなどのイノベーションイベントを手伝ったり、学び合う場を作ってディスカッションしたりしながら、気づきを得て、未来予測の精度を高めることを楽しんでいます!

みなさんへのメッセージ

 採用されるためにどうするか? という相手に依存する考えではなく、自分らしく生きるために、3、5、10年スパンで、なりたい自分の姿をイメージした上で、未来の形を共に実現できそうな企業を選んで欲しいと思います。自身が主体的に選んだ企業で働けたなら、目に映るどんな厳しい現場でも、チャンスに見えるはずです。そして、活き活きと働く(社会貢献)ことができたなら、成長と共にベネフィットを得ながら、社会はよりよくなると思います。

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