Message 先輩メッセージ

現在の仕事
米国を基軸に世界情勢を考察

 2016年5月にアメリカ総局(ワシントン)に赴任しました。米国の中東、アフリカ、欧州、中南米への外交・安全保障政策などを主に担当しています。世界で起きていることについて、米国を基軸にしてやや広く考察しながら記事を書くのが主な仕事です。なかなか本当のことが分かりづらい世界ですが、今まで様々な現場で実際に見てきたこともいきていると思います。

 2014年までは、ヨハネスブルク支局長として、サハラ砂漠以南のアフリカ諸国49カ国のニュースを担当していました。基本的に自分で取材したいテーマを決め、その現場を訪れます。政治、経済、社会、文化、スポーツなど取材のカテゴリーに制限はありません。訪れる場所は世界遺産の動物の楽園だったり、戦場であったりしました。取材相手も赤ちゃんから大統領と実に様々でした。

 これまで取材で訪れた国は30カ国以上になります。パスポートは3年ほどで100ページ以上がスタンプで埋まりました。

印象に残っていること
虎穴に入らずんば虎児を得ず ― マリにて

 アルジェリアで日本人を含む多数の犠牲者を出した人質事件の首謀者の拠点が西アフリカ・マリ北部の街ガオにあるという情報から、現地に向かいました。首都から1千キロ、車で3日がかり。危険地は仏軍部隊の後を追い、たどり着きました。首謀者の拠点をメディアで初めて取材できたのですが、問題は帰路でした。ガオも長期滞在は危険な上、帰る軍部隊がない。途中にある数百キロの地雷原が最大の懸念でした。現地で会った英国人男性記者、中国メディアの米国人女性記者と話し、3台の車で先頭を交代して進むということで合意しました。まず私が敢えて先頭に。武装勢力は道路の陥没地に夜な夜な地雷を置くというので、穴を避けながら進む。車が穴を踏むと「んぅ」と声にならない声が出る。運転手に注意すると、穏和な彼も「黙って任してくれ!」。道路脇に地雷で吹き飛んだ黒こげの車が見える。1時間後に約束通り英記者が先頭を交代。だが、米記者が「うちの運転手が怯えて先頭に立てない」と突然言い出すハプニング。口論も詮無いので2台で先頭を交代しました。地雷原を越え、握手をした運転手の手は汗でびっしょり。

 英記者とも健闘(?)をたたえ合う。そこからは日没を恐れた米記者が猛スピードで我々を置き去りにする漫画みたいなオマケも。虎穴に入らずんば虎児を得ず。ただ、リスクを冒すのが仕事ではありません。無事でなければ最悪の失敗です。道理を守りながら、安全確保策を思慮する日々でした。

仕事上のモットー
何事も決めつけてかからないこと

 「これはこうしたものだ」「この人はこうだ」と善し悪しを含めて最初から決めつけないようにしています。元来、疑い深いのと天の邪鬼なところがあるせいです。次に、焦ったり、苛立ったりしないようにしています。海外では日本での常識が通じないこと、簡単と思えることでもうまくいかないことがたくさんあります。特にアフリカなどでは焦って取材すると、危ない目にあうことも多いです。苛立っても周囲に迷惑なだけです。入社以来、声を荒げたことは全くと言って良いほどありません。そして、言い訳を考えず、できるだけポジティブに、目的を決めたら落ち着いて遂行できる方法を考えるように心がけています。

 現在は、国際報道に携わっていますが、今後も、外国であれ、国内であれ、人の感情が伝わり、顔が見えてくるような記事を書いていきたいと思っています。

MY CAREER HISTORY私のキャリアヒストリー

2000 / 04

秋田総局 警察・市政、県政担当 [1年目]

 秋田市の救急救命士が、医師にしか許可されていない気管挿管という違法処置をしていた事件が表面化。法律違反なのは明らかで、他紙は救命士を「犯罪者」と書く。人の命を助けようとしているのになぜ? とデスクに言うと「だったらそう書け」と。「悩む救命士、違法覚悟で救われる命」という記事を書きました。1年も経たないうちに救命士の気管挿管は合法化へ。「山が動いた」と救命士は涙ながらに私と握手をしました。

2003 / 09

横浜総局 警察担当 [4年目]

2005 / 04

東京本社 社会部 [6年目]

 警視庁、GLOBE、宮内庁等を担当。

2006

1年間フランス留学 [7年目]

2011 / 09

国際報道部 ナイロビ支局長 [12年目]

2013 / 10

国際報道部 ヨハネスブルク支局長 [14年目]

2014 / 09

国際報道部員(東京在勤) [15年目]

 2014年度に、「ボーン・上田記念国際記者賞」※受賞。
※優れた報道で国際理解に貢献したジャーナリストに送られる賞。 「急速な経済発展を見せる一方で貧困と住民対立、過激派組織の台頭などに揺れるアフリカ各地を取材し、読者のアフリカ理解に貢献。イスラム武装勢力「ボコ・ハラム」による学生拉致事件が起きたナイジェリアには、事件後に日本メディアで初めて現地で取材し、おびえる人々の声、苦悩する町の様子、問題の深刻さを伝えた」ことが評価。(出典:日本新聞協会)

2016 / 05

2016年5月 アメリカ総局員(ワシントン) [16年目]

 ワシントンからトランプ大統領を中心に世界との外交を伝える。

入社動機

 朝日新聞社の入社面接でもっとも自然に話ができたことが大きいと思います。

オフの過ごし方

 料理を結構します。和洋中、何でも作りますが、最近では麻婆豆腐のバリエーションを増やしています。アフリカ在勤の時は、なかなかおいしいラーメンが食べられない渇望感からラーメンのスープ作りをかなりしました。豚骨と鶏ガラを大量に買い、鍋で何日も煮込みました。しょうゆダレも、ウクライナ出張時に見つけた煮干し様のものを使うなどして作りました。今後は麺打ちに挑戦しようと思っています。

ケニアの国立公園で

みなさんへのメッセージ

 朝日新聞はみなさんが想像する以上にいろんなタイプの人がいます。非常に自由で、許容範囲の広い会社だと思います。

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