Message 先輩メッセージ

現在の仕事
日々起きている出来事を取材し、撮影する

 事件事故、自然災害、政治、自然の風景、経済、スポーツ、芸能。日々起きている出来事を現場に行って取材し、撮影するのが仕事です。日々動くニュースを最前線で見聞きし、関わる人たちの表情や行動を切り取り、伝える。取材しているニュースを象徴する表情、動きはいつもわかりやすいとは限りません。だからこそ、その一瞬を捉えられた時の喜びは大きいです。

 また最近は写真だけではなく、動画、360度映像/動画の出稿も求められます。ドローンなど新しいツールが増えていくので、それらを使いこなすための勉強も必要です。

印象に残っていること
発生から6年目、被災地を取材して――

 2017年3月11日、東日本大震災から6年目。カメラマンとして初めて、被災地を取材する機会をもらい、現地入りしました。担当は宮城県女川町。私は震災当時、銀行員として支店で営業をしていました。その後ボランティアや、前職をやめて入学した大学院で被災地に行くことはありましたが、震災直後に被災地に行かなかったこと、行ってもなにも伝えられないのではという気持ちに負け、被災地の取材に行けずにいました。今思うと本当に身勝手です。話を聞かせてもらった遺族からは愛する子を失った傷に耐えながらも、当時起きたことを伝えるために奮闘している人。行方不明になったままの娘を探し続ける両親。まだまだ伝えるべき事があるし、そのためにこの仕事があるのだなと強く思った取材でした。

これから
初めての五輪取材に挑戦

 冬季五輪の取材班のメンバーに加えてもらい、現在、平昌五輪に向け冬スポーツ取材の修行中です。スポーツ取材は、競技中の写真はもちろん、本当に大切なのは競技中、競技後に選手がみせる一瞬の表情を切り取れるか否か、ということなのだとようやく気がつきました。五輪の開催地に行って、世界一の選手たちを目の前で見られるのはもちろん楽しみです。その中でたくさんの人の記憶に残る一枚が撮れるよう、頑張りたいです。

MY CAREER HISTORY私のキャリアヒストリー

2014 / 04

入社 東京本社 映像報道部 [1年目]

 重くて不慣れなカメラを持って連日必死に走り回っていました。会見、インタビュー、事件事故、色々行きましたが相撲を担当したのが一番印象に残っています。

2015 / 05

甲府総局 警察担当 [2年目]

 映像報道部とは仕事が全く異なり、1年目のようにとにかく毎日四苦八苦していました。取材したことが紙面に自分の言葉と写真で伝えられるのは嬉しかったです。

2016 / 05

東京本社 映像報道部 [3年目]

 東日本大震災から5年目の取材に参加し、初めて仕事で被災地に行きました。担当した女川で遺族の話を聞いたり、復興の進む駅前を見たり。震災を「伝え続ける」ことを改めて考えた取材でした。写真:一昨年末にオープンした女川駅前の商店街「シーパルピア女川」。震災が起きた午後2時46分にサイレンが鳴り、店の人や買い物客が海に向かって黙禱(もくとう)していた。写真はいずれも北村玲奈撮影。

女川駅前の商店街「シーパルピア女川」
中部電力を破り五輪代表に決まり、選手の肩を抱き喜ぶLS北見の本橋

入社動機

 写真記者に興味を持ち始めたとき、大学院で写真を教えてもらっていた先生が朝日新聞のOBであったことや、両親や祖父母が購読していたこともあり、当然のよう「記者といったら朝日」と思っていました。

オフの過ごし方

 家で愛猫「アコ(♀)」とごろごろするのが一番のリラックスです。最近は運動不足が気になるので、アコちゃんを散歩に連れ出すことができないか考え中です。

愛猫アメリカンカールの「アコ」

みなさんへのメッセージ

 就職活動はとにかく精いっぱい、悔いが残らないようにやってください! みなさんと働くのを楽しみにしています。

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