Message 先輩メッセージ

現在の仕事
3社協業で運営する編集部でauのニュース編成を担当

 デジタル本部ビジネス開発部のA3編集部で2017年4月から働いています。渋谷ヒカリエのKDDIのオフィスでテレビ朝日とKDDIの3社協業で運営するA3編集部にいます。auサービスTOPのニュース編成をしています。

 これまでのキャリアは、記者として伝えなくてはと思ったニュースを書いてきました。記者が流通する中身を作ります。その中身を流通させるのが編成です。

 編成では、読者の関心がページビュー(PV)という数字になり、手にとるように分かります。読者のためにいったい何が必要かを考え、全体像をみながらニュースを編成して配信します。そういう意味では、記者活動は魚の目、編成は鳥の目でものごとを見ているように思います。

 具体的な仕事についていうと、朝日新聞だけではなく、読売新聞、毎日新聞、産経新聞に加え、週刊文春、東洋経済オンライン、弁護士ドットコムなどさまざまな媒体に目を通し見出しをつけます。

 有益な情報を届けるために、いかに分かりやすい見出しをつけるか。「釣り見出し」にならないように配慮しながら14文字に落としこみます。ダブルチェックをした上で、ただちにネットに掲載しなければいけません。たくさんのキューレーションプラットフォームがありますが、いかに読者に信頼してもらう媒体になるか。ニュースを載せるスピードとタイミングと提供の仕方が大事だとこの半年の編成経験で分かってきました。

 速報を流すタイミング、ニュースの切り取り方、入稿のタイミング、読ませるテーマ設定など各社違います。その中から、流すべき記事を選びそれをニュースプラットフォーム上に8本並べます。

 幅広い媒体が対象なので、自然と他メディアと朝日新聞を比較することになり、朝日新聞のメディアの総合力も外からの視点でみることになります。朝日新聞にいながら「社外留学」している感じでしょうか。

印象に残っていること
記者として、インキュベーターの一員として

 

 【メディアラボ】 日本より少し早く既存メディアの「瓦解」が起きていたアメリカに2014年の一年間派遣され、ニュースの流通革命を目にしました。ニューヨーク市立大学起業家ジャーナリズムコースで学びました。2014年当時、日本ではニュースサイトに読者が来てニュースを消費することが多かったのですが、すでにアメリカでは「ニュースが自分に近づいてくる」世界でした。どんなにいいニュースも読まれるかたちで提供する努力がされていなければ読まれない。「読まれないニュースはニュースではない」と言われ、読まれることの重要性をたたき込まれました。

 ハードニュースはソフトニュースに比べ一般的になかなか読まれません。一方で、伝えるべきニュースは誠実に伝えなければいけません。そして、持続可能なメディアになるためにはマネタイズも考えなければいけません。そうしたジレンマを乗り越える新しいメディアの取り組みを帰国後、メディアラボで模索してきました。例えば、2015年3月に始まったクラウドファンディング「A-port」は、解決メディアとして記事で発信しながら、課題の解決を呼びかける存在です。 

 【記者として】 児童相談所の密着ルポをする機会を得ました。子供が2人団地に残されている。子供を保護するため緊急介入措置がとられる瞬間に居合わせました。乾麺のかけらやティッシュが散らばる部屋から出てきた幼児のおむつは真っ黄色。しばらく替えられていませんでした。社会面に掲載されましたが、うまく書ききれた感じがせず消化不良のままです。半年たち、転勤で名古屋の現場を去る直前に、その子がどうなったのか養護施設の取材をさせてもらいました。子供は職員に甘えて笑っていました。しかし、新たに発覚した重い事実に打ちのめされ、その時すぐに書けませんでした。記者として失格です。ですが、じっくりと心の中に落とし込み、継続的に追っていきたいと思っています。

 政局の取材では、取材対象にずっと張り付いていたのですが、取材対象の白髪染めがばっちり決まり始めると「何か大きな発表をするな」とアンテナを張ったり、秘密の会合の場所を割り出して道ばたで数時間待ったり。ネクタイの曲がり具合、指の動きや声の張りなど注視します。ストックホルムシンドロームではないですが、対象にのめり込んでしまう時もあったと思います。全体の政局の流れの中で一つの発言がどういう意味を持つのか、情報をさまざまな方面から集めながら取材対象を観察しなければと心がけていました。ですが、政局に限らず、全ての取材活動全体で、思い込みをどこまで排除できていたか・・・。

これから
既存メディアの技術とノウハウを生かした、新しい「メディア」を

 記事を書くのがミクロの作業だとしたら、メディアラボではメディア全体のことを考えるマクロの世界に身を置きました。ラボでは朝日新聞の新しい価値の創出に取り組みました。そして今、A3編集部でマクロの流通の部分をやっています。そうすると、個人的には、次に、マクロをみた後のミクロにかえってフィードバックしたい気持ちがあります。個人的に、海外における日本を伝えたいという気持ちが強いです。例えば、一般的に海外ニュースはなかなか関心をもってもらえないのですが、海外の出来事をわかりやすく日本に伝え、日本の世界での立ち位置がわかるような記事を、既存のかたちにこだわらない新しいかたちで書きたいですね。

 読者と記者がやりとりしながら課題解決をはかる「双方向メディア」を立ち上げたいです。記者や海外在住の人が問題提起をし、記事を作り上げる。集まってくる情報の交通整理やグラフィックスの見せ方など既存メディアの技術とノウハウを生かして、既存のメディアの底力を発揮した新しいメディアのかたちを作れるのではないかと思っています。

MY CAREER HISTORY私のキャリアヒストリー

2003 / 10

岐阜総局 警察、県政担当 [1年目]

 怒られ続けた警察官に鮎釣りを教えてもらったり、洪水取材の中の運転に冷や汗だったり。今では、全てがよい思い出です。「第二の故郷」となりました。毎年夏に機会を見つけては、長良川で泳いでいます。

2005 / 10

豊橋支局 [3年目]

 3人の支局。北の山から南の海まで管轄範囲は100キロ。毎日平均30−40キロ走行していたのでは。

北京五輪に関わる愛知の産業をテーマに取材
2008 / 04

名古屋報道センター 名古屋市政担当 [5年目]

 名古屋市長選の政局取材を担当。地元新聞との特ダネ競争は勉強になりました。

名古屋市長選
2009 / 05

外報部 [6年目]

 韓国留学の前後半年間に内勤をしました。地図にも乗っていない都市名の位置を調べたり、ロイターやAPの24時間配信をチェックしたり。地球の大きさを築地の内勤デスクで感じました。日米密約や韓国の日本人妻たちの取材が印象的でした。

2011 / 05

名古屋報道センター 名古屋市政担当 [8年目]

 2013年の政局取材で、大阪維新や減税日本、未来の党など地方政党の連携の動きを追うために、名古屋と永田町を一日の間に往復の日々も。

オリバー・ストーン監督を広島・長崎・沖縄で取材
2013 / 11

メディアラボ [11年目]

 メディア激変の夜明けに既存にとらわれない「超メディア」をテーマにした部署に配属され、「記事はコンテンツ」という世界に当初はどぎまぎ。メディアの将来を考える激流に飲まれ始めました。

電動マシーン「キャリオット」を取材
米のスタートアップ「NowThis News」でのインターン
2017 / 04

デジタル本部 [14年目]

 現在のデジタル本部ビジネス開発部のA3編集部へ。

入社動機

 嫌われたり、うとましく思ったり、人と人との間で摩擦がなぜ起きるんだろうと思っていました。嫌われたらむしろなぜ嫌われるのか、聞いて見たい。そんなことから人を取材することに興味を持ちました。ひいては、国同士の争いが起きる原因をどう読み解けるのかと思ったりしました。何でも聞くことができ、それを文章として落とし込むことに興味がありました。

オフの過ごし方

 時間があれば山、川などにいきます。長期の休みがあれば海外の友人を訪ねるのが楽しみです。

みなさんへのメッセージ

 朝日にはとにかくいろんな人がおり、濃い時間を過ごせます。皆、自由な精神で発言できるのがいいところだと感じます。なんでもおもしろがれるそんな仲間と一緒にこの激流メディア時代を歩めたらうれしいです。

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