Message 先輩メッセージ

現在の仕事
原爆・平和担当記者として

 原爆や平和をテーマに取材しています。原爆というと、70年以上も前の過去の出来事だと思われるかもしれませんが、決してそうではありません。長崎では被爆者が中心となり、「核の被害を2度と繰り返さないように」と、原爆がもたらした被害を伝える活動を続けています。そうした「被爆地の声」を伝えることが、大きな仕事です。原爆が落とされた8月9日の前後はもちろん、北朝鮮が核実験をすれば抗議集会におもむき、国際会議に出席する被爆者を取材するため海外に行くことも。思い出したくもないであろう、つらく悲しい記憶を話してくださったとき。私もまたそれを記録し、伝えていく責任のようなものを感じ、背筋が伸びる思いがする日々です。

印象に残っていること
自分が書いた記事が人と人との記憶をつなぐ

 私の記事がきっかけで、71年ぶりの再会を果たした被爆者がいたことです。長崎総局では被爆者の人生を聞き書きする連載「ナガサキノート」を、毎日掲載しています。その中で私が紹介したある男性は、原爆後に避難した疎開先で、一家を原爆で亡くした少女と出会いました。「さびしげな様子だった」というその少女の消息を、男性は戦後もずっと気にかけていました。そのことを取り上げた記事を読んだ女性が、「少女は私かもしれない」と連絡をくれました。女性もまた、当時の自分を知る人を探していたのです。それぞれの証言で共通するお寺で2人は再会し、私も同行させていただきました。お金や時間でははかりえない、この仕事の価値を感じました。

チャレンジしていること
一人前になるために

 一人前の「ライター」になることです。そのためには師匠を見つけ、勝手に弟子入り。目線は高く、腰は低く。古今の書を読み、腕立て伏せをしています。

MY CAREER HISTORY私のキャリアヒストリー

2014 / 04

入社 千葉総局 警察・司法・選挙事務担当 [1年目]

 千葉市内でホタルを育てる男性を取材。夜中に何度も撮りに行った写真とともに、長い記事を初めて書きました。世間で知られていないことを掘り出す、記者の仕事の魅力を感じました。

事件・事故取材の合間に、町の話題を探しました。
2015 / 05

長崎総局 警察・司法・高校野球担当 [2年目]

 夏の甲子園では、初出場の創成館を担当。長崎に原爆が落とされた8月9日に迎えた初戦で、関西の名門校にサヨナラ勝ち。選手たちが喜ぶ表情は忘れられません。

軍艦島で。長崎は離島での取材機会もあります。
長崎の伝統行事「長崎くんち」を取材。
2016 / 05

長崎総局 警察・司法キャップ [3年目]

 2016年4月の熊本地震のときは長崎から現地入り。阪神・淡路大震災を経験した身なので、「被災地に役立てるように」と臨みましたが、大災害を前に無力さばかり痛感。

キリスト教の歴史も取材します。
2016年の熊本地震。「本震」直後の熊本市内で。
2016年1月に長崎市内は大雪に見舞われました。
2017 / 04

長崎総局 長崎市政、原爆・平和担当 [4年目]

 国連で核兵器禁止条約の成立を見届ける被爆者を取材するため、米ニューヨークに渡りました。被爆者の長年の訴えが世界を動かし、実を結んだ条約なのだと、肌で感じました。

核兵器禁止条約の交渉会議の取材でニューヨークの国連本部に出張。

入社動機

 大学時代に韓国人の友人ができたことや予備校アルバイトで在日コリアンの生徒を教えたことから、日中韓関係やナショナリズムに興味を持っていました。朝鮮学校無償化問題やヘイトスピーチについての朝日の記事を読んだとき、差別されたり不利益を受けたりする少数者の視点を大切にしていると感じたことが、大きな志望動機となりました。

オフの過ごし方

 映画を見ます。家で見ることが多いですが、仕事終わりにレイトショーで見ることもあります。(が、たまに電話がかかってきて中座します)「スターウォーズ」シリーズの公開日には、総局で休みを宣言し、劇場に陣取ります。

記者職は多忙と思われがちですが、公開初日も見に行けます。

みなさんへのメッセージ

 就活は失敗の連続で、朝日の入社試験にも一度、落ちた身。えらそうなことは、何も言えません。なんとか第一希望の記者職にすべりこむことができたのは、他社を含む先輩記者のみなさんから助言をいただいたおかげでした。記事を読み、気になる記者がいたら、会いに行ってみるのはいかがでしょうか。

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