Message 先輩メッセージ

企画事業本部の仕事
展覧会プロデューサーとして、文化催事の企画を統括

 展覧会のプロデューサーとして、朝日新聞社が主催する文化催事の企画を統括しています。より良いコンテンツを創り出して社会に発信し事業として成功させること、そして人材育成やノウハウの継承に注力しています。展覧会は息の長い仕事です。海外の美術館等と直接交渉して、数年かけて同時に複数の企画の内容や条件をつめていきます。一方、国内の開催館や監修者の皆さんとの細かな調整や広報、協賛募集など多岐にわたる業務を並行して進めなければなりません。恐竜からエジプトのミイラ、フェルメールやムンクなどの絵画まで、幅広いジャンルの世界の逸品を日本に持ってくるとともに、CG映像や体験型の演出などを工夫します。実際にお客様が楽しむ姿を目の前で見られるのが最大の魅力です。

 また、一緒に仕事をした方々が誇りに思うようなwin/winの仕事を心がけており、「また一緒に仕事をしたい」と言っていただける時が最も嬉しい瞬間です。「仕事は1人ではできない」と「良く遊び良く学ぶ」がモットーです。

印象に残っていること
タフなネゴシエーターとなって

 エジプトで「海のエジプト展」の交渉中に、並行して進めていた恐竜博の関連でアメリカ・シカゴから緊急メールが飛び込みました。「条件が合わないから来なくて良い」。世界で最も有名な恐竜「T-rex スー」の獲得に奔走し、厳しい料金交渉の最中でした。当時まだ息子が幼児で海外出張は数日でとんぼ帰りでしたが、この時は案件が重なって最短でも2週間かかる世界一周の出張中でした。ロンドンなどを回った後にシカゴに入るまで「提示した条件が強気すぎたかな」と戦々恐々。「なんで来たのか」という冷たい視線のアメリカ人に、「日本の子供たちに是非スーを見せたい。互いに半分ずつ妥協しよう」と提案して「それはフェアーだ」と合意をとりました。「スー」の初来日が決まった瞬間でした。

 「海のエジプト展」はリヒテンシュタインのビジネスマンとパリの海洋考古学者が交渉相手でした。膨大な契約交渉メールのやりとりの末に会った時、「君は弁護士だろう」と言われ、海洋考古学者からは「すっかり同じ考古学者だと思っていた」とも言われました。ひとつひとつの催事に関わるときにはその世界のセミプロになっているのです。

 また、初めての相手とはいかに信頼関係を築くかが重要です。フェルメール『真珠の耳飾りの少女』の4年間の交渉では、最初から最後までどんな小さなことでも誠実に対応しました。日本展大成功の後に「マウリッツハイス美術館の今後の日本での活動は全て貴方に頼みたい」と言われたのは大変嬉しいことでした。その後、本当に様々な話が入ってきて現在の仕事に結びついています。

 朝日新聞社は大英博物館と30年以上の良好な関係にあります。大英博の中心にあるグレートコートというホールの大理石の壁には「Asahi Shimbun」と大きく彫られています。先日、エリザベス女王が朝日新聞のロンドン総局長に謁見されたことも、長年の友好関係を象徴する出来事でした。私が大英博の窓口を引き継いでから10数年、「日本での活動は必ず朝日に声をかける」という関係を築き、「朝日新聞ディスプレイ」という看板が掲げられた展示室の交渉もしました。大英博の館長が出した「100の物語」の本を見て「これを展覧会に」と提案し、逸品100点の世界ツアーとして実現したのも思い出深いです。ずっと一緒にやっている同僚と共に、このバトンは必ず次の世代に引き継いていきます。

 

これから
ずっと「ものを創る人」でありたい

 「ものを創る人」(=homo faber)はポンペイ展のテーマでした。最も伝えたかった「ヒトって何千年も変わっていないね」という言葉を会場で聞き、うれしいと同時に自分はずっと「もの=企画」を創って社会に発信していきたいと思ったものです。そのためには常にアンテナを張り、世界の至宝の出品交渉と同時に、最新技術や映像など、時代に即し話題になる展示を心がけています。そして、私なりのやり方でずっと社会に貢献していきたいです。

 さらに、職場での目標は、部長時代の「最もモチベーションの高い最も働きやすい職場にする」目標を本部や社全体に広げたいということです。

MY CAREER HISTORY私のキャリアヒストリー

1998 / 04

入社 文化企画局文化企画部 担当:展覧会・博覧会 [1年目]

 前職のテレビの世界では当たり前だったパソコンやメアド、携帯電話がなく、電卓やワープロに逆戻りして日々驚きの連続でした。伝統的な縦割り体質や女性が少ないことに最初は不自由さを覚えましたが、「やる気があればチャンスあり」「実績で判断」の気風にすぐに溶け込みました。

2000 / 10

出産~半年休み復帰 [3年目]

 息子誕生。産休と有休で2001年2月まで半年休み復帰。「ポンペイ展」の直前で、夫や両親がサポート。何より同じ職場の仲間に支えられて乗り切りました。

2002

事業本部文化事業部 担当:「恐竜博2002」プロデューサー [5年目]

 108万人を集めて朝日新聞社賞受賞。「世界最大の恐竜」展示の海外交渉や10カ所以上の映像展示、発掘体験など全てを指揮、100人以上の関係者を束ねた大プロジェクトの醍醐味を味わいました。図録や映像制作などの激務で何人かが倒れたのは反省点です。

2002 / 10

同部 担当:映像チーム [5年目]

 「花おりおり」や「高校野球」などのビデオ制作を担当。本紙連載と連動した「花おりおり」で急に花に詳しくなったり、ルールも不確かなまま高校野球の全過去試合を見てビデオを監修したり。朝日新聞のすそ野の広さを実感しました。

2004~05

企画委員に 担当:「恐竜博」「ベルリン展」  [7年目]

 特大催事「恐竜博05」と「ベルリン展」を同時開催して、子育てと仕事の多忙さがピークに。ベルリン展でのドイツ大統領来日アレンジで学んだ大使館との付き合い方は、他国にも応用できるようになりました。

T-rexスーの発見者で名前の由来のスーザン・ヘンドリクソンさん
   初めて全て構成執筆した特集
2006

同部 [9年目]

 国立科学博物館で「南極展」「大英博物館ミイラ展」「花展」の3つの催事を連続して担当しました。それぞれの調整が大変で何度も徹夜、家族にも疲労がたまりましたが、仕事は最も楽しかった頃。

2007 / 01

次長に [10年目]

 管理職になり企画も立てつつ、紙面や社内調整の仕事が増え、急に視野が広がります。常に新しい試みや枠組み作りを心がけ、ネットチケットの仕組みなど、「部で初」の仕事が今につながっています。

2009

同部 担当:「海のエジプト展」「トリノエジプト展」 [12年目]

 実現に7年かけた「海のエジプト展」を横浜で開催し、約70万人の入場者にご覧いただきました。古代都市アレクサンドリアをCGで再現したVR映像やクレオパトラの香りの再現などを楽しめる体験型展示は、ディスプレイデザイン賞や横浜観光コンベンション特別功労賞など受賞。代理店やテレビ局との大がかりな実行委員会がフル活動しました。同時開催の「トリノエジプト展」も相乗効果で成功に。

「海のエジプト展」の交渉・取材で、エジプト・アレクサンドリア沖にて、海洋考古学者のフランク・ゴディオ氏と
「海のエジプト展」の展示風景
2012 / 04

企画事業本部文化事業部 プロデューサーに [15年目]

 2011年の恐竜博に続き、2012年は長い交渉の末にフェルメール『真珠の耳飾りの少女』の「マウリッツハイス美術館展」を開催、2都市118万人入場。武井咲さんを公式サポーターにして、協賛各メーカーとコラボする大展開も試みました。広告電通賞(新聞生活文化部門 最優秀賞)なども受賞。他にも「リヒテンシュタイン美術館展」「ターナー展」など厳しい交渉が続きました。大英博物館の展覧会は「古代ギリシャ展」「古代エジプト展」「100の物語展」と定期的に開催しています。

「マウリッツハイス美術館展」のポスター
「フェルメール展」など担当した催事の一部
2014 / 09

部長に [17年目]

 部長就任後は、美術館や共催社、協賛社など外部の皆様とのパイプをいかに太くするかに注力しました。部員のモチベーション向上のために部のミッションステートメントを作り、全員に「カイゼン提案」を出してもらいデスク会で議論しました。各国との連携も強めました。「日本におけるイタリア年」では「ボッティチェリ展」など数々の展覧会を開催、イタリアとはポンペイ展からのつながりが続いています。

2016~17

担当:「バベルの塔展」 [19年目]

 ブリューゲルの至宝の展示を実現、新しいプレゼンテーション開発のために東京藝術大学研究拠点(COI)との協業を進め、3DCG映像や拡大複製画によって、お客様の満足度も高めました。若い部員中心のチームに世代交代も図って成功しました。

「バベルの塔展」の会場風景
「バベルの塔展」でボイマンス美術館・東京藝大COI・朝日新聞の協業が実現。シャーレル・エックス館長、宮廻正明教授と
2017 / 09

企画事業本部 本部長補佐に [20年目]

 事業プロパーの管理職として、部長から本部長補佐となりましたが、プロデュースも続けていきます。2018年の「ムンク展」、19年から20年の朝日新聞140周年やオリンピック関連企画など、大きな企画が目白押しです。

アーリン・リーメス大使と共に、ノルウェー王国大使館にて2018年秋開催の「ムンク展」のお知らせ

入社動機

 留学で海外の人や文化に触れる体験をして、世界の様々な文化を日本に紹介する架け橋になりたいと思いました。前職のテレビ局の関連会社では海外番組の買い付けや海外イベントの権利交渉を担当していましたが、企画した恐竜博や縄文展で朝日新聞社と共催し、自由闊達な社風や社員の気質に惹かれて社会人入社しました。

オフの過ごし方

 毎朝3キロ、夫や愛犬と一緒にジョギングし、週末は公園でジョグ&朝食、ジムで筋トレもします。高校生の息子も一緒に年に3回ほど海外も含めた家族旅行に行きます。お気に入りは、イタリア、ブダペスト、ボラボラ島です。また、異業種の友人達との飲み会は貴重な発散の機会です。

愛犬と週末の公園にて

みなさんへのメッセージ

 仕事を5年、10年の長いスパンで考えて自分が何をやりたいのか、どう生きていきたいのか、しっかり自分に向き合ってください。ライフステージでは結婚や子育て、転勤などさまざま直面しますが、それも含めて一生かけられる仕事を見つけ、キャリアプランを立てていって欲しいです。今までやってきたことに自信をもって、これまでのどんな経験もプラスになると思います。仕事のやりがいとは「社会に貢献できている」ことの実感なのだと今考えています。

 朝日新聞社は自由な気風でやる気のある人にはチャンスがあります。私は社内では比較的マイノリティの社会人入社、女性、事業部門ですが、管理職も経験しながら好きな企画プロデュースの仕事と子育てを続けられていることをありがたく思っています。

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