Message 先輩メッセージ

現在の仕事
厚生労働省の記者クラブで、医薬品や感染症について取材する

 厚生労働省の記者クラブに所属し、食中毒や感染症、医薬品や医療機器の審査・副作用対策などを取材しています。なかでも食中毒は誰もが関係するテーマで、記事への反響が大きいです。その反面、過度な恐怖心を抱かせる危険性もあると思います。そのため、注意を喚起しつつも、予防策といった安心材料も記事に示すことを心がけています。今春、魚の寄生虫アニサキスによる食中毒が話題になり、過度な恐怖心があおられていないか心配になりました。そんなとき、魚屋さんが書いた寄生虫の本が話題になっていると知り、魚屋さんの対策や思いを記事にしました。自分の視点で、記事を通して多くの人にメッセージを発信できることが、記者という仕事の魅力だと思います。

印象に残っていること
先入観にとらわれず、事件を深掘りする

 総局で警察担当をしていたころ、スーパーの無料の氷を大量に持ち帰った人が窃盗容疑で逮捕される事件がありました。このような事件が起きたとき、たいてい新聞に載るのは逮捕の記事だけです。他の新聞もそうでしたが、先輩から「無料なのに何で罪になるのか」「有罪と無罪の線引きはどこにあるのか」という疑問を掘り下げようと提案があり、取材を続けました。無料で紅ショウガやガムシロップを提供している飲食店や法律の専門家を取材し、全国面で記事にしました。先入観をもって「このニュースはこれぐらい」と決めつけず、深掘りすることの大切さを知りました。

これから
独自のニュースを発信し続けるために

 朝日新聞でしか読めない「独自」のニュースを発信することです。厚労省などから発表された内容を記事にするだけでは、他のメディアと同じになってしまいます。朝日新聞を読みたいと思ってもらうために、他人と違う視点で取材したり、情報を自ら検証したりすることを心がけています。インターネットで簡単に各メディアの記事を読み比べられるからこそ、独自のニュースを発信できるメディアが求められていると思います。

MY CAREER HISTORY私のキャリアヒストリー

2013 / 04

入社 静岡総局 警察担当 [1年目]

 浜松市で地すべりが発生し、住民の避難生活や現場の状況を取材。昼夜を問わず断続的に地すべりが発生していて、その緊迫感を伝えようと、写真や動画を撮り続けました。

2013年4月、浜松市天竜区で起きた地すべりの現場。静岡総局に赴任した3日後から現地に入り、約1週間取材した。
2013 / 07

 富士山が世界文化遺産に登録されたのに合わせ、地元のテレビ局記者と一緒に登山ルポを企画。登山用のリュックや靴を装備して挑むも、寒さと雨に襲われ、高山病に。山の怖さを知りました。

2013年7月、富士山が世界文化遺産になって初めての山開きの日に、富士宮口の新7合目から見えたご来光。
2014 / 04

水戸総局 高校野球担当 [2年目]

 高校野球の夏の大会開幕前、地域面でサヨナラゲームをテーマに連載を書きました。試合のドラマ、勝者と敗者両方が試合後に歩んだ人生を書いたところ、読者から多くの反響をもらえました。

2014年5月、春季高校野球県大会の準決勝で、本塁クロスプレーの場面。デスクに褒めてもらった思い出の一枚です。
2015 / 06

水戸総局 警察担当 [3年目]

 妻と結婚。式や披露宴には会社の上司や同期が参列し、祝ってくれました。

2015 / 09

水戸総局 遊軍担当

 茨城県内で鬼怒川が決壊し、大規模な浸水被害が発生。被災直後から復興に向かう1年余りにわたって取材しました。助け合い、復興をめざす人々の姿が印象的でした。

2016 / 05

水戸総局 県政担当 [4年目]

 出産のため静岡に里帰り中の妻から昼に「今日中に産まれそう」との連絡。上司に「午後の取材が終わったら、行きます」と報告すると、「すぐ行ってあげな」と一言。取材を先輩に頼んで静岡に向かい、長男誕生の場面に立ち会えました。デスクと先輩に感謝です。

2017 / 04

東京本社 科学医療部 厚生労働省担当 [5年目]

 初めての本社勤務で、なおかつ大きな役所を担当することに不安はありましたが、仕事の基本は総局と変わりませんでした。総局時代に指導してくれた先輩方に感謝です。

入社動機

 朝日新聞の会社説明会で、ある社員の方が「マスコミ業界のなかで一番自由な会社」「自分のこだわりを追求できる」と話していたからです。実際に好きなテーマを追い続けている記者は多く、やりたいことができる会社だと思います。

オフの過ごし方

 休日は、歩き始めたばかりの長男と公園に行って遊んでいます。

公園で長男と遊ぶ様子。

みなさんへのメッセージ

 私は当初、朝日新聞の入社試験をカメラマン志望で受けたのですが、記者で内定をもらいました。また、正直に言うと、就職活動を始めたときの第1志望は別の会社でした。それでもいまは、朝日新聞で記者ができて幸せです。私の地元、沖縄の方言には「なんくるないさ」という言葉があります。有名なフレーズですが、もともとは「まくとぅーそーけー(正しいことをすれば)なんくるないさ」が定型だったようです。就活も一生懸命やれば、自ずと納得できる仕事につけると思います。ぜひ、自分なりの答えを見つけてください。

他の社員をみる

PAGETOP