東日本大震災の特集記事などが記憶に新しい、見開きの大型ニュースグラフィック。近年、ニュースの理解を深めるグラフィックの存在は、大小にかかわらず、日々欠かせなくなっている。その中には、デザイナーの視点から作製提案したものもある。
デザイナー目線の提案型も
ニュースグラフィックが紙面に掲載されるまでには、さまざまな「道のり」がある。
各部からの作製依頼は一つの出発点。かつてはそれがすべてだった。いまでもこうした発注が中心ではあるが、一方で、その日の全体の出稿予定を見てデザイナー目線でグラフィックの作製を提案し、各部や編集センターの意向をこちらから積極的に聞いて作業を進めるのも普通のことになった。
日々の発注はまず当番デスクが受ける。各部のデスクや記者とのやりとりで、盛り込む内容やサイズを確認し、実際に作製するデザイナーに割り当てる。地図やグラフ、表のように定型化すべきものは、紙面の統一感を重視してフォーマットにあてはめる。
単純に定型化できないものではデザイナーの力量が試される。発注伝票には原案を付けてもらっているが、検討を経ずに、そのまま作製することはない。おさえなければいけないポイントをデスクから引き継いだデザイナーは発注側の意図と読者のニーズを考え、そのニュースで求められるグラフィックの完成を目指して、原案にない新たな要素を加えていく。
途中で疑問が浮かんだり、追加の資料が必要になったりした場合、発注した部に足を運ぶか、電話やメールで連絡してクリアにしていく。このやりとりで迷いが消え、方向が定まるケースがほとんどだ。
編集センターとの連携も欠かせない。個々のグラフィックのサイズの調整はもちろん、同じページの他のグラフィックや写真にも目を配るためだ。
読者はページ全体を見るので、同じページのグラフィックは幅をそろえたほうがいいし、配色も合わせておきたい。そのため、個々のデザイナー同士で、デスクを介さないコミュニケーションも自然に行われている。
一般的なデザインの世界では専門化、分業化が進んでいる。しかし、新聞社のデザイナーは一人一人が幅広い表現力を求められる。
原子炉の解説図のように個性を抑えて事実に徹したグラフィックから、政治イラストなど作家性を求められるものまで、いつでも対応できるように多くの「引き出し」を持つことが必要になる。簡単なことではないが、いまのところうまくいっているのは、互いにオープンで、ほかのメンバーの意見を採り入れることに積極的な個々のデザイナーの姿勢によるところが大きい。
よりよい紙面を目指してきた積み重ねの成果を、極限まで試されたのが3月11日からの6カ月間だった。デスクワークを続けながら、つくづくそう感じている。
東日本大震災の被害と、その後の状況を目の当たりにして、ニュースデザイナーとしてやらなくてはならないことは何か――。この間、私たちが取り組んできたのは、自分の問いに自分で答えを出す作業だった気がしてならない。
(デザイン部・末房赤彦)
2ページ展開に緊張 発注側と二人三脚で
震災6カ月特集で見開き2ページ全面のグラフィックを担当した。1カ月特集でも同様の超大型グラフィックを作ったが、慣れるサイズではない。計11日間の作業中、責任の重さに、時に冷や汗が流れた。発注した科学医療グループも忙しく、スタート時点ですべての資料はそろっていなかったが、確定していない文言や手元にないデータはダミーで埋めることにし、とにかく走り出した。
何を大きく見せるか、どこに置くか、読者の視線の動きは……。「見せ方」で全体の印象が決まるため、まず構成から考える。ダミーの部分があったとしても全体の絵が見えれば、早くから発注側の具体的な意見ももらえる。この段階で、デスクや同僚デザイナーに見てもらっては手直しを繰り返した結果、最後まで変更がない安定した構成にできた。
作製自体は地道な作業だ。放射性物質の蓄積量などを示す色分け地図は、資料をもとに描画ソフトで何万回もクリックして描き起こしていく。2日間の作業で右手の指から首までが痛んだ。
原発の絵を描く際はまず、インターネットの画像や航空写真に写った影の長さなどを参考に、建物の位置や高低差を一つずつ割り出した。このデータを使い、専用の3Dソフトで立体そのものを描いていく。なかなか絵としては見えてこないため、徹夜しながら3日がかりで作業する間、時間を浪費しているような感覚に苦しんだ。
作製は、常に発注側との「二人三脚」。なるべく早く、意見や間違いの指摘をもらえるように、途中で何度も科学医療グループの担当デスクや記者に見てもらった。
大きな間違いに気づかずに作業を続ければ、その分をやり直すことになる。さらに、完成に近づくほどグラフィックのデータ量は膨れあがり、パソコンの動きが遅くなるため、現在の機材の性能を考えると、後からの大きな直しは時間的に苦しい。今回も、丁寧に発注側とのやりとりを繰り返した。
残り時間が2日足らずになったころ、懸念した通り、焦る気持ちに油を注ぐようにパソコンの動きが遅くなった。1度ファイルを保存するたびに約15分かかり、仕事が進まない。パソコンをもう1台使って、詰めの作業を続けた。
組み日当日。出稿は無事にできたが、降版するまで気持ちが張りつめていた。間違いを見つけるたび、取り換えを出稿して救う。降版刷りを渡された瞬間、力が抜けた。掲載紙面を確認した作業机で、そのまま眠り込んだ。
(デザイン部・寺島隆介)
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