武田 剛 (たけだ つよし)
編集委員 1992年入社 |
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| 写真との出会い。 |
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| 学生時代は日本や海外の山々を登り、ヒマラヤで民族調査をしながら、1年のうち100日は山に入っていました。当時から記録写真を撮っていましたが、ネパールから帰国したある日、私が調査をしている山岳民族の特集が載った月刊誌「ナショナル・ジオグラフィック」を見つけました。山岳観光で生活が変わりつつある山岳民族の現状が、印象的な写真と文章で紹介されていました。以来、写真と文章で表現することに魅力を覚え、将来の仕事にしたいと思うようになりました。とはいえ、駆け出しの写真記者がいきなり大きなテーマは取材できません。日々、事件事故やスポーツなどの写真を撮り、「職人」としての力を磨きます。初めての体験ばかりで新鮮な毎日でしたが、どこか理想と違う日々でもありました。転機は入社4年目でした。ヒマラヤで大雪崩が発生し、日本人を含む大勢の方々が亡くなり、その取材に向かいました。悲しい取材でしたが、学生の時によく訪れた現場に再び立ち、写真記者を志した頃の思いがよみがえってきたのです。 |
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| 地球の丸さを全身で感じて。 |
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| アフガン内戦やキルギス邦人拉致事件、トルコ大地震など、しんどい現場へ行く機会はどんどん増えていきました。そして、2003年。イラク戦争から戻った私を待っていたのは、1年4カ月間に及ぶ南極観測隊の同行取材でした。手つかずの大自然。光輝くオーロラ。愛らしいペンギンたち。半年前までは人間同士が殺しあう戦場にいた私は、これが同じ地球上の出来事とは到底思えませんでした。そして帰国後、地球環境をテーマに北極やヒマラヤなどを取材し、現場に立つことの重要さを感じました。いくら極地の氷がとけていると言われても、日本にいれば、どこか他人事のように思いがちです。でも、地球は丸い。すべての場所はつながっていて、影響を与え合っています。だからこそ、写真記者として、たとえ遠い場所で起こっていることでも、「自分たちの問題」として感じてもらえるよう、現場へと足を運び、読者の方へメッセージを送り続けなくてはならないと思っています。 |
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入社動機 |
学生時代は山岳部に所属。年間100日ほどを数々の写真を撮りながら山の中で過ごす。いずれ自分で写真を撮り、記事を書く仕事ができればと思っていた。展覧会等を通して、フォトジャーナリストに興味を募らせ、新聞社への入社を決意。 |
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キャリア |
写真記者採用として東京写真部へ配属。1年後、富山総局へ異動し2年間警察などを担当。その後再び東京写真部へ。大阪、名古屋を経て南極支局の開設に携わり、東京写真部を経て2008年より編集委員。10年4月から大阪写真センター次長。 |
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