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田中 周一 (たなか しゅういち)
東京編成局 編集センター 1997年入社
突如、社会に広まった「トイレの諭吉さん」。
2007年の夏頃の話ですが、全国45ヵ所のトイレで何枚もの1万円札が見つかった事件をご存じでしょうか。その額、400万円以上。テレビでも大きく報道され、「トイレの諭吉さん」事件としてしばらく世間を騒がしていました。実は、この「トイレの諭吉さん」という言葉。もともとは2007年7月12日の朝日新聞の社会面に掲載された記事の見出しなのです。そして、この見出しをつけたのが、私でした。私たち編集センターの記者は、取材記者から上がってきた原稿や写真をレイアウトし、見出しをつけ、読みやすく分かりやすく、そして興味をかきたてる紙面をつくり上げる仕事をしています。実は、新聞記事に見出しをつけたり、掲載する写真を選んだりするのは、取材記者ではなく私たちの仕事。毎日新しい記事と出会い、1面あたり1時間ほどの限られた時間の中で、記事を読み、見出しをつけ、読者の目線の移動や、ニュースとしての重要度、言葉としての読みやすさを追求しています。
最初に記事を読む者としての責任。
この仕事は、記事の顔をつくる仕事だと思っています。新聞を開いてどの記事を読むかを見出しで選ぶ読者は多く、たとえ素晴らしい記事であったとしても、その内容が見出しで上手に伝わっていなければ、記事に目を通してもらうことができません。その記事を最初に読む第一読者として、読者の目線を大切にしながら、いかに端的で分かりやすく、印象的な見出しをひねり出せるか。ある意味では広告のキャッチコピーをつけるのにも似ているかもしれません。例えば、私が現在担当しているスポーツ面では、見出しの一言で、その試合の激戦ぶりや試合会場の熱気までも伝えることができるのです。毎日締め切りに追われながら、時に記事を書いた記者と議論を交わしながら、社会を動かすことば、クスッと笑えることば、今日を鋭く斬るひとことを探す。一日として同じ日のない毎日は、とても新鮮で、やりがいに満ちています。
入社動機 学生時代に新聞社で整理部のアルバイトを始める。記者や編集センターの社員に飲みに連れて行ってもらうたびに、自分の知らないことや興味深い話を聞き、人としての魅力を感じ、この人たちと一緒に働きたいと思うようになった。
キャリア もともと文章を書くのが好きだったために、記者として入社。岐阜、三重、京都の総局で取材活動を行った後、編集センターへ。伝わる言葉を考える、魅力的な紙面を完成させるという、取材記者にはない面白さを発見し、現在に至る。