野村 周平 (のむら しゅうへい)
大阪編集局 スポーツ部 2003年入社 |
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| 記者の思いが紙面に宿る。 |
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| 大学時代、ラグビー部に所属していた私は、初出場の試合で朝日新聞の紙面デビューも果たしました。当時、同じチームに大学ラグビー界を代表するスター選手がいて、他の新聞はすべてその選手を取り上げていたにもかかわらずです。レギュラーではなかった私の出場時間はほんの数分。それなのに、補欠の私を含めた裏方の多くの選手が紙面を飾りました。掲載されたうれしさとともに、その紙面からは記者の「こう伝えたい」という強い思いを感じとれたのがとても印象的でした。思えば子どものころに読書感想文を褒められたことがきっかけで、文章を書くことは昔から好きでした。ラグビーの選手としては限界を感じていたので、それならスポーツ記者になろう。しかも、記者として自分の思いを記事に込められる朝日新聞社を目指そうと思ったのです。 |
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| スポーツ記者も、反射神経が大切。 |
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| 現在は、阪神番記者として阪神タイガースを日々、追い続けています。試合は21時ごろがクライマックス。それまで勝っていても、最終回に逆転されることもしばしば。そうなるとこちらは大変です。予定していた記事を急いで書きかえ、締め切りに間に合わせなければなりません。夢中になりすぎて、記事を声に出しながら書いていることもあるほど。こんな時は、スポーツ選手ではないですが、スポーツ記者にも反射神経が必要だなぁと思いますね。鍛錬を重ねているプロの選手たちは、ほとんど心の揺れ動きがありません。それでも、ささいな行動に、その動揺を垣間見ることができます。打たれた後はいつもより手につけるロージンバッグが多かったり、普段は右足からラインをまたぐのに左足からまたいだり。そういう部分をとらえる洞察力を身につけて、選手の心の動きまで表現できる記者になりたいですね。まだまだ試合に入り込みすぎて、見逃すことも多いのですが、誰もが涙を流してしまうような試合でも、記者は決して泣いてはいけない。それが伝えるプロとしてのプライドだと思います。 |
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入社動機 |
中学から大学まで体育会ラグビー部に所属。小さい頃から書くことが好きで、選手が何を考えてプレーしているのかを書きたいと思いスポーツ記者を志望。朝日新聞の記事の自由な視点が気に入っていた。 |
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キャリア |
アマチュア野球を担当、その後に岡山総局。警察や選挙などの取材活動を経験し、その後大阪本社に配属。プロ野球オリックス担当を経て、07年から阪神タイガース担当に。10年4月から東京本社スポーツグループへ。 |
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