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中山 由美 (なかやま ゆみ)
東京報道局 科学医療部 1993年入社
白銀の世界で過ごした1年4ヵ月。
地球環境をテーマに、私が取材で訪れたのは南極大陸。冷凍庫よりもはるかに気温の低い、マイナス60℃の世界、南極観測越冬隊同行取材は、私の人生の大きな転機になりました。大自然を前にすると、学歴も肩書も収入もすべて無縁。ただシンプルに「生きること」と向き合った1年4カ月でした。南極では、自分たちで雪を解かしてつくり出さないと水を口にすることはできませんし、寒くても、貴重な燃料は常に残りの量を考えて使わなければなりません。少しの「贅沢」が、自分たちの命をも脅かします。「資源は使えばなくなる」という当たり前のことを、これほど痛切に感じたことはありませんでした。考えてみれば、東京での暮らしだって同じこと。蛇口をひねるたびに、エアコンを使うたびに、資源は消費されています。厚い氷の上に立ち、太陽のぬくもりを感じ、横殴りの風雪を肌に受けながら過ごした南極の日々で、この地球を体感し、人間だけのものではない、生きものたちのこの星を守ることの大切さを実感しました。
先進国の豊かさのツケが発展途上国に。
世界的に温暖化への関心が高まっているとはいえ、それによって何が起きるのか、どう困るのか、私たちには実感が沸きにくいと思います。南極の後、私が取材で訪れたのはバングラデシュでした。人口が過密化し、土地の条件が悪くても住まざるを得ないこの国で、私は洪水やサイクロンによって河岸や海岸が浸食され、家族や家を奪われた多くの人たちを目の当たりにしました。それを「自然災害」と言ってしまえばそれまでですが、実は、先進国の二酸化炭素の排出による温暖化、それによって起きる異常気象が拍車をかけているのかもしれないのです。私たちは地球という星で生かされている小さな生物に過ぎません。地球規模で考えないと、環境問題は解決できないのです。南極と北極、赤道地域を歩いて、自分の目で見てきたからこそ、語れるものがあるはず。この地球の今を、自分の言葉で伝えるために、私は今日も世界を歩いています。
入社動機 ドイツの大学に留学していた時、ベルリンの壁崩壊に遭遇する。かつては東ドイツから壁を越えようとする亡命者たちに銃を向けていた兵士が、壁をハンマーで壊す市民を微笑んで見つめていた。そんな歴史の一場面の最前線に立てる仕事に魅力を感じ、記者を志すように。
キャリア 青森総局、つくば支局を経て、社会部や外報部を経験。学生時代に学んだドイツ語を活かして海外で仕事をしたいと考えていたところ、突然、45次南極観測隊の取材の話が飛び込む。女性初の同行記者として越冬した。2009年11月から10年3月まで、51次隊で再び南極へ。報道で初めて隕石探査を取材し、帰国後は全国各地で講演を行う。