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土佐 茂生 (とさ しげき)
ヨーロッパ総局 (ロンドン)国際報道部 1999年入社
働くっていったいなんだ??
現在、ロンドンにあるヨーロッパ総局で特派員をしています。主な担当は英国や北欧など7カ国。今でこそ、世界と日本をつなぐ仕事をしている私ですが、就職が全くイメージできない大学生でした。一生働く前に、大好きなバスケットボールを本場で見ながらやりたいことを探してみようとお金を貯めて渡米。1年間、語学を学びながら安旅行で全米を2周くらいして過ごしました。いろいろな町で、たくさんの人と話し感じたことは、どんな小さな町でもそこで暮らす人たちが「俺たちの首都はここだ」と言わんばかりに自信を持って生きていること。四国出身の私は東京に出たい一心だったので、彼らの姿をみて、「無理に東京にこだわらず、自分に素直にいけばいいんだ!」と気付かされました。そして、米国で得た自分の経験をみんなと共有したい、そこで暮らす人にしか分からない感覚や本音を伝えたい、と思うようになりました。おぼろげに自分の未来が見えてきました。
何気ない会話や出来事に本質が潜んでいる。
帰国後、24歳で遅めの就職活動。自分の感動を、自分の感覚で多くの人と共有できる仕事を求めて、100社以上に資料請求し、いろいろな人と話していくうちに、気付けば新聞記者になっていました。米国で感じた感覚を大切にしながら、何気ない話に潜む「ぷっ、あほやな〜、でも嫌いじゃないよ」という気持ちで、未知のテーマにも取り組んでいます。例えば、ミス・イングランド代表の取材をしたときのこと。何と80kgの女性が準ミスに輝いたのです。まさか、と思うでしょ。でも取材を続けていくうちに、やせ過ぎたモデルがもてはやされるという傾向に警鐘を鳴らす、という意図が込められていたことが見えてくるのです。「え、そんなあほな!」という出来事をひもといていくと、本質的な物事にたどり着くことがある。名刺一枚で世界中どこでも駆けつけ、タダでいろいろな人の話を聞ける。いくつになっても世界のどこかで「ぷっ、あほやな〜」を追い続けていきたいです。
入社動機 アメリカ留学から帰国後、好奇心旺盛なキャラクターと行動力を生かし、あらゆる企業に手当たり次第に就職活動を開始。結果、決まったのはやはり好奇心が一番の武器となる新聞記者だった。
キャリア 横浜、長野総局を経て、2004年東京本社外報部へ。大型企画「核を追う」の取材グループに入り、欧州や米国を駆け回る。その後、経済部の電機IT担当などを経て、07年9月からロンドン特派員。10年10月から東京本社政治グループへ。